(1)なぜ「書きたい気持ち」にこだわるのか

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このメールマガジンは、ライター・講師としての日々の気づきを中心に、「書く」という仕事の醍醐味や、あなたの「書きたい」という気持ちをどう形にしていけばいいのか、そのヒントになることを書いていきたいと思っております。

第一回目は、私のことから。

なぜ「書く」を仕事にしたのか、なぜ「書きたい気持ち」にこだわるのか。

その経緯を、ちょこっとお話ししますね。

皆さんの気持ちに寄り添って、皆さんの「思い」を形にしたい。なぜなら、私自身が回り道を散々してきた、という思いがあるから。

普通、フリーランスライターって出版社勤務などを経てなるものなんですが、私はマスコミで働いたこともなく、専業主婦からライターになりました。
「売れたい」気持ちと「自分の思いを書きたい」気持ちに苛まれながら、挫折を繰り返し、48歳で、ようやく商業ライターになったのです。

 

(小学生の時)

・図書館で本を借りては、読書感想文を書くことが好きだった。
・マンガ家になりたかったが、同じ顔が2度と書けない技術のなさに断念。

(中学生の時)

・小説家になりたかったが、どう考えても「流行作家」になれる気がしなくて、職業として作家になることを諦める。
・教師になりたい、と思うが、生徒の人生を丸ごと引き受ける覚悟が持てず、自分の理想の教師にはなれない、と断念。

(高校生の時)

・新聞記者になりたくて、新聞部に入るが、最初の記事をガンガン直されて、ショックを受け、気持ちが萎える。
・文化祭の時に映画を製作。級友たちと共同で脚本を書く。骨格は私が書いたが、他の人が書いたエピソードが面白く、自信を喪失。しかし、ロケ現場に合わせ、その場で書き直す瞬発力・応用力は私にしかなかった。
・本を読むのは大好きだけど、「それって楽しみで、勉強じゃない」と、大学進学を前に「文学部には行かない」と言ったら、担任の教師に「ふざけるんじゃねえ、お前が行かなくて誰が行く?」と本気で諌められ、文学部を受験。それでも「史学科」を目指す。

(20代)

・大学時代、テレビ局のモニターアルバイトを半年ほどする。ドラマの感想文などを書く。
・マスコミ系の就職試験に備えるエネルギーはなく、一般企業の就活する意欲もなく、大学に残って研究者になる覚悟もできず、大学院のテスト準備もできず、親が持ってきた企業に「高校卒業」の枠で拾ってもらう。

(30代)

・結婚を機に退職。
・妊娠を機に福武書店(現ベネッセ)の小論文添削指導を開始。母から「働けるようになってから何かを始めるのでは遅いから」と言われたのがきっかけ。
・第一子出産、その後流産を契機に入院。
「このまま死んだら、何のための人生なのか? おむつを洗うために生まれてきたんじゃない」と、自分にとって、「書く」ことが一番大切だったことにようやく気づく。そして
「売れなくてもいい、自分の思ったことを、世に残す」と「書くこと」を再開。
家でテレビドラマを見ては、感想文を書く毎日を始める
・映画の脚本や小説を書いては出すが、一次審査も通らず。
・バレエの熊川哲也(当時16歳)に衝撃を受け、彼をモデルに小説を書く。
・バレエ評論を応募したところ、最終選考に残り、翌年佳作入賞。自分がフィクションではなく、評論に向いていることを自覚し出す。が、仕事には結びつかず、勉強の日々。

(40代)

・どうしたら「書く」を「仕事」にできるのか。ツテが必要だと思ってアイム・パーソナルカレッジのライターコースに入学。
・これを機に、商業ライターとなる。

これ以降のことは、公式サイトの「プロフィール」に書いてあります。
https://www.nakanomari.net/profile/

最後までお読みいただきありがとうございました。
今後はライティングに役立つ情報をお届けしていきたいと思います

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